石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第九節 版籍奉還

十二月士族の給祿に對して支給すべき現石の算出法及び支給の時期を定む。葢し給祿とは尚從來の草高といはんが如く、家格に對する待遇を示すものにして、現石は即ち收納米に當る。こゝに於いて階級の低き者にありては收入尚舊時と大差なかりしも、高祿の徒は十の一に足らざるに至る。現石は皆五斗入の俵數を以て算せられ、四百石以上を受くる者にありては四分の一、四百石以下三百石以上のものは百石、三百石以下は三分の一を米穀にて給せられ、その他は支給の時期以前三ヶ月に亙りて能登越中米價を平均したる代錢を以て交付することゝなれり。翌三年二月またこの祿制に就きて多少の改竄する所あり。その中最も注意すべきは、前法令に扶持を給せらるゝものゝ現石は、一年を三百六十日とし、一人扶持を一石八斗として積算したるを、更に改めて一石八斗二升六合二勺五才を支給すべしとせることなりとす。これ一年を三百六十五日四分の一としたるに因るものにして、太陽暦の未だ採用せられざりし前既にこの事ありたるを頗る奇なる事象といふべしといへども、恐らくは此の年閏年に當りて一ヶ月の増加を見たりしを以て、泰西の平均數に倣ひたるものなるべし。