石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第九節 版籍奉還

次いで朝廷諸侯伯の輿論概ね版籍奉還を是認するにあるを確めたるを以て、六月十七日慶寧等を召してその請を許し給ひ、公卿諸侯の稱を廢して悉く華族に列し、慶寧金澤藩知事に任じ給へり。是より加賀藩を改めて金澤藩と稱す。この月二十四日天皇慶寧を御前に召して、職制を定め名實を正しくするの議を下問し給ひ、翌二十五日慶寧參朝せしに、勅して從來の秩額現穀十分の一を以てその家祿と定め給へり。是に於いて藩侯が從前實際收納したる現行高に、元治元年より明治元年に至る五ヶ年間平均の雜税收納金額を八兩一石の割合に換算したるものを加算し、合計六十三萬六千八百七十六石を得、その十分の一即ち六萬三千六百八十七石六斗を以て慶寧の家祿とし、而して北越戰役の功による賞典祿高壹萬五千石に對する租額は別に之を支給せらる。故に慶寧の受くる所の年額總計六萬七千二百一石七斗八合を算せり。之と同時に一門以下平士に至るまでを士族と稱し、藩知事の家祿に準じて適宜の方法によりその給祿を定むることゝなりたるを以て、金澤藩は整理の第一着手として、從來土地又は現米を以てしたる藩吏の職祿を廢し、金俸月給を以て之に代ふることゝせり。

 今般版籍奉還之儀に付、深く時勢を被察、廣く公議を被採、政令歸一之思食を以言上之通被聞召候事。
    巳 六 月(明治二年)                     行  政  官
〔版籍御返上等の卷〕
       ○

 官武一途上下協同之思食を以て、自今公卿諸侯之稱被廢、改而華族与可稱旨被仰出候事。
    巳 六 月(明治二年)                     行  政  官
〔版籍御返上等の卷〕
       ○

                            前 田 慶 寧
 金澤藩知事仰付候事。
    明治二年巳六月                   行  政  官
〔版籍御返上等の卷〕
       ○

 別紙之通被仰出候事。
    六   月(明治二年)                     行  政  官
 一、從來支配地總高並現米惣高取調可申出事。
  但、免は五ヶ年平均を以て取調可申出事。
 一、諸産物及諸税數取調可申出事。
 一、公廨一ヶ年之費用取調可申出事。
 一、職制職員取調可申出事。
  但、重立候職員者人撰可相伺事。
 一、藩士兵卒員數取調可申出事。
  但、從前之祿扶持米遣居候人員並高取調可申出事。
 一、社寺領其外從前祿扶持米等遣居候人員並高取調可申出事。
 一、現石十分之一を以て家祿と可相定候事。
  但、石高外諸雜税も可之事。
 一、支配地惣繪圖可指出事。
 一、支配地人口戸數取調可申出事。
 一、一門以下平士に至る迄總て士族と可稱事。
  但、家祿等御定の振合に基き、給祿適宜改革致候。且一門の輩者追而位階可賜事。
 一、家祿相應、家令・家扶・家從以下召仕候人員可伺出候事。
 但、從前之知家事は家令と唱へ可申事。
 右之件々被仰出候に付而は、諸務變革來る十月中取調可申出候事。
    六   月(明治二年)
〔版籍御返上等の卷〕