石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第九節 版籍奉還

戊辰奧越の戰既に止み、北陸の天地寧靜に歸するに及び、藩侯前田慶寧は一たび京師に朝して天顏を拜せんと欲し、明治二年正月十八日執政横山政和及び參政木村恕・藤懸頼善・丹羽履信を從へて金澤を發し、二十九日岡崎邸に入れり。是より先、去年六月齊泰の闕下を辭して國に歸るや、朝延慶寧の子利嗣をして代りて上洛せしめ給ひしを以て、利嗣は同年七月より淹留して尚今に及べり。因りて明治天皇は、正月二十八日利嗣を召して慰勞の辭を賜ひ、その禁裏警衞の任を解きて金澤に歸るを許し給ひしが、二月四日再び之を召し、その幼弱なるに拘らず、特旨を以て筑前守に任じ、從五位下に叙し、同日又從四位下に陞せ、少將に任じ、筑前守を兼ねしめ給へり。利嗣時に年十二にして、當時尚多慶若といへり。利嗣乃ち十一日京師を發し、大坂・兵庫を巡覽し、二十九日金澤に還る。

                              前田多慶若(利嗣
 昨年來久々滯、殊に大宮御所警衞等深く苦勞被思召候。依之未だ幼若に候得共、以格別之叡旨叙任被仰出候事。
〔舊金澤藩事蹟文書類纂〕