石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第八節 本多政均の遭難

菅野輔吉は膽大にして氣壯、身體魁梧にして膂力人に勝れり。實は安田敬次郎の子にして、伯父菅野三太郎の後を承く。三太郎曾て昌平黌に學び、頼三樹三郎と莫逆の友たり。是を以て文武兼ね備へ、輔吉を教養すること頗る嚴なりしが、輔吉は學を好まず、頑愚教ふる能はざるものゝ如くなりしかば、三太郎も遂に之を顧みざるに至れり。然るに義父の歿後、輔吉初めてその無學を耻ぢ、藩校に入りて書を讀み、遂に山邊沖太郎井口義平と交りて政均暗殺の事に加れり。明治四年政均の臣矢部策平等の復讎する所となりて死す。享年二十三。