石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第八節 本多政均の遭難

沖太郎と義平とは既に目的を達したるを以て、その所に座して藩吏の指揮を待ちたりしに、騷擾の音を聞きたる徒目付等三人來りて彼等を一室に幽し、而して沖太郎はその懷中せる上書を提出せり。この上書今傳はらずといへども、政均が奸賊の巨魁たるを以て敢へて誅罰したることを述べ、且つその徒村井長在・藤掛頼善・丹羽履信・木村恕・陸原惟厚・内藤誠佐野鼎安井顯比關澤房清等も亦同じく國賊なるが故に、嚴科を以てこれに當てられんことを請ひしなりといふ。斬奸状の作文は初めこれを悌五郎に依頼せしも、彼は踟躊して筆を採らざりしかば、八月二日集會の際茂助その草稿を齎し、次いで賢三郎をして淨寫せしめしものなり。是に於いて藩吏沖太郎等に同志の有無を問ひしに、沖太郎等實を以て答へず、唯密謀を漏洩せしもの一人の名を擧げ、遂にの刑獄寮に收容せられたりき。

 今日(八月七日)四時過、柳之間御廊下通、新口高之御廊下、中士頭溜り入口におゐて、何者に候哉本多從五位らしき人を及殺害候躰之旨、二等中土頭高畠五郎兵衞・疋田文作兩人役所え罷越相達候に付、早速御縮方之儀留書え申越、直樣見分に行懸候處、元御歩横目三上孫市・渡邊左平太・小原卯之助三人に出逢。右三人相同(ドウ)じ申聞候は、只今新口邊御廊下におゐて怪敷物音いたし候に付、不取敢三人共罷出候處、何者に候哉一人打伏候者有之に付近寄遂見分候處、本多從五位殿の躰にて殺害致居、傍に何者歟兩人扣居候に付、名前等相尋候處、三等上士山邊沖右衞門嫡子沖太郎・一等中士井口義平与相名乘、只今本多從五位殿与見諸候に付兩人申合及殺害候。此上は執政衆に御目に懸り委細御達申度旨申聞候に付、夫は支配頭え被達可然哉与存候得共、猶更役頭え可相達旨申答置候段申述候に付、右三人え御縮方勤番之儀並同役呼立方等之儀申談、直樣場所柄一通遂見分委細及言上、政事堂えも御達申候處、追々御指圖可之旨被仰渡候事。
 一、本多從五位殿深手に而打臥被居候に付、御屏風圍出來之上、御醫者之儀御達におよび候旨庶務局より演述有之候に付、爲御縮元御歩横目・御横目足輕指出置候處、執政・參政御見分有之、且御醫者黒川良安等診察いたし候處、前條深手に而存命之程難計旨申聞候事。
 一、今朝沖太郎等兩人、本多從五位殿に迫り候始末、支配頭え一應聞糺方被仰渡候に付、拙者共之内立會候樣藏人(横山政和)殿被仰聞、依而前條坊主溜り内御屏風圍いたし、沖太郎兩人別圍に而、沖太郎支配頭奧村甚三郎・相役津田權五郎曁拙者立會、甚三郎儀支配頭に付沖太郎え右之仕抹方相尋候處、兩三年以前より存込之趣有之候得共時節無之、今般同志井口義平同道、昨六日朝五半頃より堂形え罷越、本多從五位殿登城之程相待居候得共、登城無之哉見請不申に付、今日重而右刻限より同所え出懸待居候所、四時頃に茂候哉從五位殿登城之程見請候に付、夫より附廻し、從五位殿より先立て新口より上り、裏御式臺高之御廊下杉戸邊に待懸居候處、無從五位殿御上りに付跡より附添、新口御廊下邊に而脇差を拔き、直ぐ与左之横腹より刺通し候處、振返り何を致す与聲を被懸候所を、義平儀同じく脇指に而横腹を刺通し申候。夫にて少しよろめき其邊に小長持之樣成ものに腰を被懸候に付、沖太郎重て眞甲を打懸、少しうなづかれ候處を又後(ウシロ)首を切候得者、夫にて被伏倒、即留め之刀可仕与存候處、御役人方与見得立騷ぎ之模樣見請候に相泥み、終に留之刀は不仕段申聞。猶更右及殺害候趣意は、先刻支配頭に書面相達候譯に而、其外何等之子細も無之、尤兩人之外同心之者無之旨申聞候。依而甚三郎より入念、最初横腹を突通候節何与歟言葉を懸候哉如何与相尋候處、言葉懸は不致与申答。又甚三郎より、右樣指迫り候に付而者決而是迄度々建言いたし候得共、御取揚も無之に付如此之所業におよび候哉如何与尋候處、是迄建言等一度も不致旨申聞候に付、左候はゞ、御爲筋等存付有之候得者不取敢建言等いたし、曾而御取揚も無之時は無是非事と申もの。一度も建言等不致、加樣に迫り候心得方は如何与及察當候所、其段は申譯も無御座、先刻指上候趣意書迚も御採用無御座儀与一圖に存込、右樣相迫り候段申聞候。就夫猶又外に同志之者無之哉与打返し相尋候處、尤此兩人之外同志之者無之候得共、右覺悟之次第咄合いたし置候者一人有之候迚名前等相顯し、此外可申上儀無御座、全く趣意書通り与申聞候に付、其座を引取、直樣政事堂え三人相同じ、執政衆等御一統え前段之仕抹御達申候。其節趣意書は甚三郎手前え取立置候得共、是は御手元(藩知事)え指上候心得与申述、政事堂えは御達不申に付、本文趣意之儀は役所におゐて相譯り不申候。扨井口義平糺方には、支配頭本橋一之進・相役土師湊曁神戸氏立會之處、前條同樣之趣に付、政事堂え御達方も同樣之旨神戸氏被申聞候事。
〔本多從五位殺害候仕抹一件等〕
       ○

                              井 口 義 平
                              山 邊 沖太郎
 右義平等儀、今朝執政本多從五位に迫り候始末被聞召(慶寧。右樣重職に對し、殊に殿中をも不憚暗殺の振舞ひ、先以て士道を取失ひ重々不屆至極之者に付、先づ刑獄寮揚屋入被仰付候條、此段申渡、同寮へ可引渡候事。
〔本多政均遭難始末〕