石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第七節 北越戰爭

今枝隊九月九日加茂警戒の任を解除せられしが、更に津川口に前進すべきを命ぜられしを以て、五泉・石戸を經、十一日津川に着したりしに、十五日又前進の命を得、直にその地を發し、時等寺・瀧谷・野尻・中向を過ぎ、二十日奧州大蘆村に入り黒澤口の守備に任じたりき。然るに大蘆が山地にして展望佳良ならず、且つ區域廣大にして諸藩の軍亦尠きを以て、遠く斥候を出し壘を設けて嚴守せしに、果然二十四日に至り、前夜淺布口の溪間より潛入したる敵は村端なる神祠の森林に隱れて射撃せり。今枝隊乃ち一分隊を以て應戰して友軍を待ちしも、各一方面警戒に任ずるが故に來り助くるものなかりき。因りて一時中津川に退き、更に隊伍を整へて大蘆に向かひしに、敵と山中に會せしかば討ちて之を走らしめ、次いで大蘆の社地森林を攻撃し、敵をして黒澤口及び淺布口に退却せしむ。爾後今枝隊は、十月八日に至るまで大蘆の守備に任じたりしが、敵既に降伏せるを以て凱旋すべきの命を得、九日その地を出發して十一月三日金澤に入れり。