石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第七節 北越戰爭

今枝隊の槇下に上陸せし時は、長岡城が既に敵の爲に恢復せられたる後に在りき。是を以て今枝隊は、先づ關原村の本營に至りて指揮を受け、急行して川袋村の戰線に進み、終夜力を盡くして信濃川沿岸の胸壁築造に從事し、爾後こゝに敵陣と相對せり。然るに二十九日軍監荒尾駿河は、本日長岡に向かひて總攻撃開始すべきが故に、今枝隊も亦機に臨みて前進すべしと命じたりき。今枝隊乃ち船を艤して期の至るを待ちしが、晝七時に至り薩兵の上流槇下より渡河するを望みしかば、直に下流を横ぎり萱原を闢きて進みしに、更に猿橋川の我が進路を妨ぐるものありき。隊兵乃ち游ぎて對岸に繋げる孤を得、前後に綱を附して全員を渡し、遂に品木村を占領し、横山・關根の二道より中島村に向かひしに、敵は今町の堤防に據り、苅谷田川の橋上に草を積みて火を放ち我が進出を妨害せしも、今枝隊は猛然之を除きて橋を超え、遂に今町を占領せり。この日親兵及び薩兵も苅田谷川を渡りて今町に入る。次いで八月二日、今枝隊は今町を發して三條に入り、大崎村及び下條村の警邏を爲し、十三日加茂に進めり。