石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第七節 北越戰爭

是より先七月十一日參謀桂權吾森立峠に來りて曰く、荷頃村左方の山上は現に親兵及び松代をしてこれを守備せしむといへども、微力にして能く數口の間道を防ぐに足らざるを以て、貴隊は今夜その一分隊を派して之を輔けよと。小川隊の半司富永安吉乃ち部兵を率ゐて徹宵敵炮に應戰し、翌曉森立峠に歸りしに、參謀は勞を慰めて鹽鯖十尾を贈れり。翌十二日黄昏敵陣嶺の臺場を襲ひしかば、青地隊は大斥候小司山口東二郎に一分隊を與へて敵の側面を攻撃せしめしに、敵は盡く遁れて藥師山に入れり。二十二日、敵又陣嶺の傍なる赤谷村に屯集せしを以て、晝八時大斥候半司村井作太郎に一分隊を與へて驅逐せしめしに、津田十之進隊の斥候も來り會し五時目的を達して歸營す。次いで二十四日夜九森立峠に在りては、遙かに長岡城下に火災を生じ、栃尾・城山附近に屯せし敵の筒場・浦瀬に向かひて進撃せんとするの状を認めしが、黎明に及びて敵が間道より長岡に迫り、これと同時に森立峠を襲撃せんとすとの報を得たり。依りて青地隊長は自ら森立峠に在りて指揮し、小司山口東二郎の半隊を陣嶺に置き、教導兵の半司吉崎新六をして部兵二十餘人を率ゐて山を下り成願寺に營し、東片貝・中澤・長福寺請村を巡邏して警戒せしめき。この日長岡城一たび敵の回復する所となる。