石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第七節 北越戰爭

五月七日參謀三好軍太郎、中田村の小川隊に來りて昨日の戰勞を犒ひ、且つ長藩の堀濱太郎隊及び薩の大野五左衞門隊を妙法寺に進撃せしむるを以て、小川隊に之が應援たるべき命を與へたりき。この日北陸道鎭撫總督高倉永祜及び副總督四條隆平は、海路を經て越後の今町に上陸せり。八日小川隊は中田村を發して妙法寺に向かひしが、赤田に到りしとき既に敵の敗走せし状を聞き、又監察神田辰之助をして敵の本營たりし東福院を探らしめしに、衝鋒隊役員名簿一册を押收して、該隊が舊幕府の歩兵組古屋作左衞門の引率せしものなりしことを知り得たり。この夜小川隊は、妙法寺の村端に近き北野村の廣徳寺に宿陣せしが、その地長岡の本道に當るを以て、終夜妙法寺を距ること約十五町なる妙法寺峠に篝火を焚き、兵を配置して警戒を嚴にせり。九日、昨日進軍の際小川隊は曾地・吉井兩村の倉庫に敵の糧米を貯藏せるを聞き、監察神田辰之助を遣はして之を檢せしめしに、果してその五百八十一俵を發見せり。因りて之を參謀に告げ、且つ六日の戰に罹災せる兩村の窮民を賑恤せんことを請ひて許されしを以て、加賀藩の軍防御用係安井和介をして之を取扱はしめき。