石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第七節 北越戰爭

この後幾くもなく越後の形勢益不穩の報を傳へしを以て、加賀藩は四月二十四日銃隊馬廻頭齋藤與兵衞・銃隊物頭高畠猪太夫・杉本美和介・近藤新左衞門・金子篤太郎、炮隊物頭水上喜八郎、横目高橋往來、使役成田外畿助等を越中泊に向かはしめき。是より後加賀藩が順次出征せしめし所のもの、將校・士卒一千七百四十四人、監察・軍吏等九百五十三人、使丁・從僕・役夫四千六百餘人にして總員七千六百有餘人に達し、戰局の終りし後交代の爲に出張せしめしもの亦多し。而して加賀藩兵の中宮崎久兵衞・堀丈之助の引率せる二小隊は、支富山侯の請により助勢として出兵せるものなり。

 家  老   津田玄蕃正邦       手兵百六人
 人 持 組   今枝民部直應       手兵九十二人
 銃隊組頭   齋藤與兵衞好仁      部兵六十人
        津田權五郎道賢      部兵六十人
 銃隊物頭   [高畠猪太夫成行(負傷) 中西太郎左衞門好正(後任)]    部兵九十人
        杉本美和介成章      部兵五十二人
        近藤新左衞門藏清     部兵五十五人
       金子篤太郎友定      部兵五十四人
        小川仙之助正明      部兵百六人
        簑輪知太夫宣恭      部兵百二人
        杉浦善左衞門守敬     部兵五十九人
        太田小又助輔一      部兵六十二人
        田邊仙三郎信武      部兵六十六人
        青地半四郎基治      部兵百二十二人
        宮崎久兵衞元高
        [堀丈之助貞固(自刄) 水野徳三郎寛友(後任)] 部兵百十四人
        多田權太郎        部兵四十九人
 銃 隊 長   木村實之助        部兵六十五人
        春日於菟男義方      部兵百五人
        雪野順太郎信行      部兵二十三人
        津田十之進近明      部兵二十人
        今井久太郎雅飭      部兵百十人
 炮隊物頭   水上喜八郎徳一      部兵六十七人
 炮 隊 長   原余所太郎種徳      部兵七十六人