石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第七節 北越戰爭

三月六日東征大總督駿府に次し、東海・東山・北陸三道の先鋒總督に令を發し、十五日を期して齊しく江戸城に向かひ進撃せしめんとせり。この日北陸道先鋒總督金澤城を巡閲し、又能登に於ける舊幕府領にして從來加賀藩政務を委託せるもの六十二ヶ村を改めて朝廷より同に委託することゝし、これに對する租額を金一萬五千兩として年の豐凶に拘らず加賀藩より政府に輸さしめ、又同國内の舊幕臣土方兼三郎に上勤王を命ずると同時に、その態度明瞭となるに至るまで假に慶寧をしてその領を管せしめき。翌七日越後諸藩に令し、各重臣を高田に出して先鋒總督を迎へしめ、又沿道諸藩に行營の警衞に當るべきを命ぜり。次いで八日先鋒總督金澤を發し、十二日越中の泊に着し書を京師に致して、會津兵の越後地方に彷徨するものあるを以て速かに之を勦滅せんことを期すと報告せり。而して前記土方領は五月十九日朝延之を舊主に還附す。

  高合壹萬四千三百六十八石九斗三升七合四勺五才
     能登羽咋郡敷浪村・鹿島郡川田村・鳳至郡鹿島村・珠洲郡眞脇村等六十二ヶ村
  右從前徳川家より被預來候處、當分其え可預置旨被仰出候間、諸事取締撫恤方可取計候。猶追々太政官より御差圖可之候間、其旨可心得候。
  但去卯年(慶應三年)貢未納金上納方之儀者會計局え可申談候。
    辰 三 月(明治元年)                     北陸道督府
      加賀宰相中將殿
〔北陸道先鋒記〕
       ○

 此度朝命之御趣意奉畏入候に付ては、急務之御用も可存候間、其旨急飛を以主人兼三郎え相傳、急速上勤王可之との事。
 右往返登之日限御請書即今可差上置事。
  此日限四月中御猶豫奉願候。
 右被仰渡之趣奉畏候。依之御請上之之申候。以上。
                            土方兼三郎家來
    辰三月六日(明治元年)                     小原 直 江 在判
                              城山與右衞門 在判
      御總督御兩卿御隨從參謀御職中
〔北陸道先鋒記〕
       ○

 土方兼三郎在東に付、當人上彌以勤王可仕候迄、能登國領地宰相(慶寧中將え御預之段被仰渡之趣奉畏候。猶御下知之上萬端相心得可申候。依之御預り御請上之申候。以上。
                            加賀宰相中將
    辰 三 月(明治元年)                     前田彈番 在判
      御總督御兩脚樣參謀御中
〔北陸道先鋒記〕
       ○

 北陸道鎭撫使高倉三位樣・四條大夫樣、前月晦日金澤御到着、城下御逗留、同八日同所御出立、領分中無滯御通行相濟、同十三日越後路へ御移被成候。此段御屆申上候樣申付越候。以上。
                            加賀宰相中將
    三   月(明治元年)                     里見亥三郎
〔北陸道先鋒記〕