石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第六節 藩末の改革

是より先慶寧は、その母にして齋泰の夫人たる徳川氏の江戸に在りしを以て、二月二十二日之を金澤に迎へんことを請ひ、尋いで許可を得たり。徳川氏乃ち三月二日を以て江戸を發し、不破彦三爲儀等之に從ひたりき。時に奧越征討諸藩の兵士途上に充滿せしを以て、故らに駕を上州七日市に枉げ、後封境越中の泊に著するに及び、慶寧は別に侍女を金澤より遣はして之を迎へしめ、舊と幕府より屬せしめたるものに物を與へて悉く江戸に送還せり。夫人金澤城に入りたるは、この月二十四日に在りしが、その舊居本郷邸は閏四月十七日春木町のに延燒し、而して夫人五月朔日病みて逝去せり。