石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第六節 藩末の改革

御屆書
 私儀、今般依召早々上仕處、其以來之病氣不已御猶豫奉願上候通に御座候處、少々快方にも相向、誠に不容易大事件之儀に付、押て前月廿九日國許發途、當月九日著仕、直樣傳奏・議奏へ以使者御屆申上置候。然處同日大御變革被仰出候御樣子に付、是迄之御役々をも御發止に相成候由にて、萬端伺等も可仕手筋も承知不仕。當今形勢を見聞仕候處、徳川内府(慶喜)に於ては被仰出之趣奉畏可罷在候へども、於家臣主君に反し候者可之哉に承候に付、御幼君之御事にも被在候へば萬一心得違之者出來、於闕下動搖可仕儀も可之候。右樣に相臨候時は如何にも奉恐入候に付、此段厚説得を加へ、先暫下坂之儀申勸、將亦私儀多人數召連居候に付ては、自然心得違の者相生じ可申哉。然時は先以奉朝廷恐縮奉存候次第にて、折角朝規御一新之折柄、滯仕候詮も無之、却て御爲にも不成儀に奉存候。旁先不取敢一旦國許へ引取申候。重て御用之節は、早々上仕候にて可御座候。此段可然樣御取扱、宜言上之程御頼申上候。以上。
    十 二 月(慶應三年)                     加賀宰相中將慶寧
〔前田慶寧家記〕