石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第六節 藩末の改革

是より先五月二十六日英國船能登所口港に入り、碇繋五日の間海陸所々を測量し、次いで六月十二日米國の商舶亦同港に入り碇泊四日に及びしかば、長連恭村井長在二人その状を見んと欲し、遠乘と稱して之に赴けり。加賀藩の領海に外舶を浮べしもの實に之を以て嚆矢とし、人をして舊制の更始刷新を要するもの一日を緩くすべきにあらざるを覺えしめしが、恰もこの際、加賀藩が先に長崎に於いて購入したる帆船駿相丸は、十五日金石港に回航せられてその勇姿を顯はせり。凡そ加賀藩の艦船は是より前文久二年に發機丸あり。慶應元年に李白里丸・有明丸あり。同年發機丸の機關を上海に改造して錫懷丸と稱す。而して駿相丸の後にありては、同年に起業丸、翌明治元年に猶龍丸を得て、合計六隻に及べり。

 發機丸、後錫懷丸 原名シチー・オブ・バンゴー
  西洋千八百五十八年打立。蒸氣。鐵製長二十七間幅四間、馬力七十五。頓數二百五十頓。文久二年十二月横濱にて買入。慶應二年改稱。船印白地劍梅輪内紺。
 李白里丸 原名サーハリリパルタ
  西洋一千八百六十二年打立。蒸氣。鐵製長三十四間幅五間。馬力百十。頓數五百。慶應元年十月長崎にて購入
 有 明 丸
  慶應元年十二月江戸石川島にて建造。帆前。木造長二十間五尺幅四間一尺九寸。
 駿 相 丸 原名ウワエルダリヤ
  西洋千八百五十五年打立。帆前。木製長十七間一尺七寸幅三間五尺七寸。頓數百五十八。慶應三年五月長崎に於いて買入。
 起 業 丸 原名ニコスボーイ
  西暦千八百六十年打立。帆前。木製長二十間幅四間。慶應三年十月長崎にて買入。
 猶 龍 丸 原名ユンデイン
  打立不詳。蒸氣。鐵製。長三十二間三尺幅四間二尺。馬力一百。頓數三百十八。明治元年九月長崎にて買入。