石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第六節 藩末の改革

元治事變以後國事益多端となり、形勢推移の急激なること眞に旦にして夕を測るべからざるものあり。而して幕府長藩の罪を鳴らして起せる征討の師は兩次に及びしも何等の効を奏する能はざりしを以て、止むを得ず軍を收めてその衰運を天下に暴露したるのみならず、薩長藩と近接して反噬の勢を示すに及び、世人の將軍を畏敬することまた往日の如くならず、皇室中心主義は盛に唱道せられ、遂に幕府を倒壞して政權を古に復するを以て、國運の發展を期すべき最捷徑なりと信ぜしむるに至れり。この際加賀藩が提封の巨大・士卒の衆多全國侯伯の第一たるに拘らず、旗幟の鮮明を缺き擧動の機敏なるを得ざりしもの、一はその士民が三百年來の至治に浴し、衣食足りて文雅に流れ、現状に甘んじて進取の氣魄を失ひたると、一は藩侯齊泰夫人が將軍家齊の女なるを以て、姻戚の關係上恣に活躍するを許さゞるの情實ありしとに因り、之を今日より考ふれば實に遺憾とすべきもの尠からず。たゞその内政に關しては、能く西歐より浸潤し來れる文物を吸集咀嚼し、舊制を釐革するに極めて果敢なりし跡を見るべし。