石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第五節 征長の役と南越の陣

時に水戸侯徳川齋昭の子一橋慶喜京都守護總督の職を奉じたりしが、耕雲齋等が沿道諸藩と戰ひつゝ上洛の途に在るを聞き、一はその職責を盡くし、一は生家舊臣の暴擧を制せんと欲し、自ら朝廷に請ひて彼等の行進を京師以外十里の地に阻止せんと企てたりき。當時幕府長州征伐に從事して多く兵力を中國に用ひたりしが故に、在兵をして之に當らしめんと欲したりしが、加賀藩に於いては老臣長大隅守連恭等既に征長の軍に參加せんが爲に大坂に向かひたりしも、部將馬廻頭永原甚七郎孝知・兵士頭赤井傳右衞門直喜及び不破亮三郎貞順の尚京師に止るものありしを以て、十一月二十九日慶喜は用人黒川嘉兵衞をして亮三郎を招かしめ、加賀藩兵越前路に出陣せんことを要求せり。乃ち命を奉じ、甚七郎等三人及び礮隊長武田金三郎友信をして慶喜の援軍たらしめき。