石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第四節 元治の變

行山康左衞門は、歩士組に屬し祿五十俵を受けしが、元治甲子の事に座し十月二十六日逼塞に處せらる。

                              行山康左衞門
 右康左衞門儀、小川幸三等と折々附合候得ども、全く幸三等同樣の者共不相聞。乍併於海津山森權太郎等此表へ之御使被仰付候節、篤と情實も不承知儀を、同組申合頭に迫り過激之体有之、不心得之至に付逼塞仰付

慶應二年前田慶寧す。康左衞門潛行して小松に至り、旅舘に就きて上書せしが、直に金澤に送還せられ、家にして親族に責付し、次いで公事場の縮所に移さる。明治元年三月大赦令によりてその罪を宥さるゝに及び、姓名を改めて松平義國といひしが、二年に至りより士籍を復し祿を給せられき。後久しからずして歿す。