石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第四節 元治の變

石黒圭三郎は猪山吉藏の次子にして、天保十年十一月九日を以て生まる。嘉永二年儒石黒辰三郎の家を嗣ぎ、明倫堂訓導となる。圭三郎居常憂國の士と交り、好みて時事を談ず。時に國家多事、内外の形勢漸く切迫せしかば、は圭三郎に命じ、江戸に往きて昌平黌に學び、傍形勢を偵察報告せしめき。文久中圭三郎郷に歸り、幸三等と共に勤王を唱へしが、元治甲子の變に當りて捕へられ十月二十六日禁獄に處せらる。

                               石黒圭三郎
 右圭三郎儀、小川幸三等過激之徒と附合、御國典を犯し海津迄罷越候族不屆に付、於公事場縮所入被仰付

明治元年三月その罪を宥し、四年六月士籍を復し、舊祿三分の二を給せらる。圭三郎後に姓名を改めて桂正直といひ、大正元年十二月九日を以て歿す、享年七十四。