石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第四節 元治の變

久徳傳兵衞、諱は尚則。初め新番組に擧げられ、後大小將組に進む。元治の變、傳兵衞に在りて書を不破富太郎に致し、政情を報じ事を議するもの再三なりしを以て、十月十九日能登島に謫せられき。

                              久徳傳兵衞
 右傳兵徳衞、不破富太郎へ不容易紙面指遣候爲體にて、外に不容易取組も可之、急度御糺も可仰付筈に候得共其儀は御用捨、能州島之内へ流刑縮小屋入被仰付。縮小屋出來候迄、此迄之通り一類へ御預。

明治元年三月大赦令によりその罪を赦して謫所より召還し、二年十月士籍を復し、原祿三分の二を給す。傳兵衞是より後世に出でず、家居して生を送り、明治十一年五月二十日五十二歳を以て歿せり。