石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第四節 元治の變

大野木源藏、幼名は外三郎、諱は克昌後に克正。人持組大野木克誠の第三子なり。年甫めて十二、出でゝ前田慶寧の側小姓となり、新たに祿百石を受け、後累進して百石を加へ、大小將組頭となる。高木守衞に就きて國學に長ぜり。元治甲子の年慶寧に從ひて上洛せしが、その伴ひたる甥仲三郎の行動を放任したりしを以て、八月十六日小松に捕へられ、西尾隼人の家に拘留の後、十月十九日流に處せらる。子源太郎[後克 俊]亦連座して流刑に當てられしも、年尚幼なるを以て一類預となる。

                               大野木源藏
 右源藏儀、聞番兼帶仰付候以來、過激の説を取用候儀は無之候へども、大野木仲三郎儀小島彌十郎を匿ひ候に付、指圖不致共其儘聞捨に致し置、且つ仲三郎他出會之儀、仲三郎申聞にては源藏承知之由、彼是ヶ間敷相聞え候。右族不屆至極に付能州島之内へ流刑、縮小屋入被仰付

明治元年三月大赦令により、其の罪を赦して謫所より召還し、翌二年十月士族に復し、原秩三分の二を給せらる。尋いで金澤藩の吏となり、廢の後金澤區長に任ぜられ、明治十三年三月一日歿す。年五十四。大正六年十一月十八日特旨を以て從五位追贈せらる。