石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第四節 元治の變

谷村直、諱は惟清、通稱秀達、又周達に作り、後秀齋・周齋又は公哉と號す。市醫を業とし、勤王の志あり。初め命を以て松前に赴き、測量術を修む。元治元年慶寧退の事あるや、直同志幸三と共に告げずして海津に至り、時事を論じて重臣に迫りしが、其の言動地位に應ぜざるを以て十月二十六日永牢に處せられき。

                          町 醫 師
                             谷 村  直
 右直儀、身分に不應國事の議論致し、彼是過激之体も相見え、且小川幸三等と相同じ、犯御國典海津へ罷越候族、不屆に付永牢仰付

直、慶應元年五月二十一日病みて獄中に死す。時に年三十八。明治二年十月に至り前罪を赦し、三年十一月祭粢料をその家に賜ふ。大正十五年四月又靖國神社に合祀せらる。