石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第四節 元治の變

この時大野木仲三郎金澤に歸りて、八月十四日野口斧吉高木守衞と共に久徳傳兵衞の家に會し、入以後の形勢を報じたりしが、その夜は命じて仲三郎を自家に禁錮し、後玉井勘解由の邸に移せり。翌日守衞公事場に繋ぎ、十六日遂に不破富太郎青木新三郎大野木源藏堀四郎左衞門千秋順之助及び野口斧吉を拘致するの令を發す。この日源藏・順之助・新三郎は、慶寧に從ひて小松に達せしに、捕吏乃ちその地に就きて之を拉し、源藏を西尾隼人、順之助を竹田掃部、新三郎を篠原猪太郎の家に幽囚せり。富太郎の職は慶寧及び從臣の旅舍を定むるに在りて、常に一行に先だつこと一日程なりしを以て、この日金澤に入りしに、傳兵衞と斧吉とは直に訪ひ來りて、互に兩地の事情を語ること數刻なりしが、その辭し去るに及びて捕吏は命を富太郎に傳へ、これを前田監物の邸に檻致せり。翌十七日横山三左衞門隆平命を傳へて斧吉を召し、これをその邸に禁錮す。斧吉は横山氏の臣隸たりしを以てなり。同日四郎左衞門・傳兵衞も各自宅にせられ、十八日慶寧歸藩して金谷殿に幽居せり。次いで四郎左衞門を寺西要人の邸に拘し、先に寺西邸に在りし福岡惣助公事場に移し、岡野利兵衞・岡野外龜四郎廣瀬勘右衞門行山康左衞門福岡文平等國事に關して談論せしものは皆その家にせられ、又吏を京都に遣はし、駒井躋庵を捕へ來らしめて獄に下し、江戸に在りし瀬尾餘一が變を聞きて歸國したるをその家に謹愼せしめ、眞に一網打盡の觀を呈したりき。