石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第四節 元治の變

飜つて海津に於ける事情を見るに、この時大野木仲三郎も亦隨行したりしが、仲三郎は慶寧をして今日の窮境に陷らしめたるもの、一に側用人山森權太郎の罪なりとなし、則ち權太郎を訪ひて曰く、思ふに世子をしてその欲する所に從ひて速かに退せしめば、此の如き咎を得ることあらざりしなり。然るに卿等左右に在りて姑息の意見固執し、世子を掣肘して就國の期を遷延せしめたるを以て、その出發は長藩の侵入と日を同じくし、遂に彼と結托したる嫌疑を避くる能はざるに至れり。故を以て卿宜しくに歸りて事由を明らかにし、以て藩侯の赫怒を解くに勉めざるべからずと。權太郎乃ち唯々としてこれに從ひしかば、慶寧横山外記千秋順之助をして同じく往かしめ、仲三郎も自ら戮力せんと欲して行を共にせり。時に歩士横目行山康左衞門は、亦事のこゝに至りしを以て權太郎の遲疑怯懦によるとなし、七月二十七日その歸藩の途に就くを待ちて要撃せんと企てたりしが、幸にして密告する者ありしに因り、權太郎は間道を取りて危難を免るゝことを得たり。