石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第四節 元治の變

慶寧海津に在りて齊泰の命を得るや、書を京師藩吏に發して出發以後の事情を報じ、且つ海津の地加賀藩領と他領と相混じて便宜を缺くこと少からざるを以て、明日更に今津に逆行して滯留すべきを告げしめしが、今津宿陣の議は後に至りて止み、尚依然として海津に在りき。この日又大野木源藏歸藩せしめて退の理由を辯疏せしめしも、當時論の沸騰甚だしかりしを以て、源藏の言ふ所は必ずしも同志の期待するが如く徹底するを得ざりき。是を以ては再び源藏を海津に遣りて慶寧の入を強要せしめしに、從行の臣等群議頗る紛々擾々たるものあり。慶寧乃ち彼等が妄動せんことを恐れて深く戒めしかば、物情漸く定るを得たりき。

 筑前守(慶事)樣去十九日其表(京都)御引取、同夜大津御止宿被遊候。同廿二日今津え御着、同寸三日同所に御逗留、翌廿四日海津迄御出御止宿被遊候。然處高田久兵衞(齊泰近習頭)儀、道中指急之御使被仰付、同日海津え參著、今度大隅守(長連恭)殿出仰付、被仰含候趣有之候間、參著迄御逗留被遊候樣被仰進候に付、則御逗留被遊候處、外記(横山隆淑)儀相願昨曉七時過參著、大隅守殿には今朝參著、被仰含候趣被申上候。依之外記並山森權太郎指急之御使被仰付、追付發足之筈に御座候。外記等罷歸候迄當譯に御逗溜可遊處、他領も入交り迷惑之由に付、明日今津迄御立戻り、同所に御逗留之筈に御座候。大隅守殿には明日其表(京都)え發足之筈に御座候。此間中之御容躰、先御同樣之内御立方には無御座候。此段爲御承知申進候。依之今晩不時立町飛脚、早飛脚歩に申渡、申進候。以上。
    七月廿七日(元治元年)                        山崎庄兵衞
                                 松平 大貳
      奧村伊豫守
      本多 圖書樣
〔御用方手留〕