石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第四節 元治の變

是の月十七日傳奏命を傳へて加賀藩をして禁廷南門警衞に當らしめ、二十五日又勅して齊泰を召し給ひしも、齊泰は疾あるを以て辭し、青山將監悳次を京師に遣りて書を上らしめき。その略に曰く、曩者朝廷屢書を幕府に下して攘夷の擧を促し、而して幕府が常にその期を遷延せしめしは臣の窃かに嘆ずる所なり。臣以爲く、攘夷の基は海内の人心を和せしむるに在りと。然るに方今政令一途に出でざるを以て、人心の方嚮も亦一なる能はず。臣之が爲に日夜痛心す。願はくは朝廷武事を擧げて幕府に委し、責むるに成功を以てし給はゞ、臣不敏なりと雖も幕府戒飭し、その行動を刺激して聖旨に添はしめんことを欲すと。これ即ち議の所謂調停の策に出でんとせしに因る。次いで七月二十五日、傳奏命じて加賀藩の宿衞を中立賣門に轉ぜしめき。