石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第四節 元治の變

初め米艦の來朝し、幕府の和親條約を締結するや、朝廷は之に滿足せずとして、主權と執權との間に漸く扞格を生じたりしが、この際加賀藩士人にして空漠なる憂國の至誠を抱くものなきにあらざりしも、論を勤王に導かざるべからざるを説くものは殆ど絶無なりき。然るに萬延元年、國老横山氏の臣たりし野口斧吉が昌平黌に學びて歸藩するに及び、同家の家宰平出甚左衞門に建議し、子弟の爲に一の學問所を設けしめ、國史新論・回天詩史・瀛環志略等の書を講じ、一は勤王の志を鼓舞し、一は内外の形勢に通曉せしめんことを企て、與力福岡惚助等亦外に在りて斧吉を助けたりしかば、こゝに初めて皇室中心主義の運動を見るに至りたりき。然るに當時藩校明倫堂に在りては、專ら舊制によりて經書を講ずるを主としたりしを以て、横山氏學問所の學規を以て異端なりとなし、大に之を排斥せり。