石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第三節 錢屋五兵衞

五兵衞は純粹なる商人たりしを以て、殖産に關する事蹟に就きては言ふべきもの極めて稀なりといへども、唯一事の喧傳せらるゝものあり。初め加賀に於いては甘藷を栽培するものなかりしが、天保の饑饉後藩吏關澤房清の本吉に在りし時下僚に命じて之が移植を圖らしめしことあり。五兵衞之を聞きてその有益の食料たるを知り、直に上國より甘藷購入し、之を自家倉庫の前に放置して人の取るに任せ、又親戚故舊に贈與せしも尚多量の殘餘を腐敗せしめざるを得ざりき。然るに次年五兵衞又之を購ひて邑民に頒ちしに、人漸くその美味なるを知りて八九分を盡くし、第三年に輸入せしものは皆窃かに盜み去らるゝに至れり。五兵衞乃ち商機の熟したるを知り、深く之を倉庫に藏し利潤を加へてぎしに、三年にして失ひし所は一年に回復して尚餘ありき。是に於いて店員等五兵衞の奇智に感じ、連年輸入を繼續して巨利を博せんと欲せしに、五兵衞は之を制して、世人今や甘藷の有利なるを知りたれば、思ふに既に栽培せしもの甚だ多かるべく、而してその利益は之を農民に委せざるべからず。我等は唯世人をして甘藷の用を知らしめたるを以て滿足すべきなりと言へりといふ。