石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第三節 錢屋五兵衞

飜つて思ふに、錢屋外國貿易を行ひたる形跡は、全くこれ無かりしとは斷言すべからざるにもせよ、その巨富を致せる所以は外國貿易に因りしにはあらず。何となれば當時幕府海外通商に對する禁令頗る嚴にして、年々定期に輸入せらるゝ清・蘭二國の商品も、必ず一たび長崎奉行の手を經たる後内地商人の買入るゝ所たるべき手續を要し、決して拔荷を行ふを許さず。是を以て假令錢屋等が密貿易を行ひ、多量の外國商品を買入るゝことあるも、之を販賣せんとする時は直に發覺するの恐あるが故に、僅かに好事者に分配し得るに止り、且つ密航なる者も亦屢之を爲すべからざるを以て、密貿易による利益は到底内地貿易の利益の巨大なるに如く能はざればなり。况や五兵衞は『御國政を奉敬、世渡大事致候はゞ必其冥利を請可申候。』といひ、又は『御公儀之御法度大切朝夕忘れ不申樣に相心得候事。』と自ら戒めたる人。如何ぞ輕々に大罪中の大罪たる密貿易を敢行するが如きことあり得んや。然るに世人これを察せず、濫に五兵衞を以て開國の首唱海外貿易の先驅たりしと斷じ、隨つて彼が磔刑の宣告を得たるも、亦が幕末因循の弊制を固守したるに由るとするは、史實を穿鑿せざるに因る説なりといふべし。