石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第三節 錢屋五兵衞

或は曰く、當時の家老中川八郎右衞門が自筆の日記中に左の文あり。之によれば彼が外國貿易を試みたる事實稍明瞭なるものあるが如しと。

 安政元年三月、別廻前田式部より八時頃來。
 一、右は魯西亞船去冬渡來之節、加州より米二萬石毎歳商候旨申聞候儀相見候由、前田久盛よりの沙汰書に相見候帳面相廻。且錢屋五兵衞一件に付、喜太郎永牢にて存命の儀公邊より承、御呼立に相成候ては甚御面倒の筋有之。右に付重て何とか御刑法を被仰付候て可然哉之内状到來。返書に、先達て落着御嚴刑之上、今更死刑などゝ申犧無謂、却て公邊へ響候ても宜かる間敷。御呼立に相成候時は、此方樣にての御刑法は潟一件、右之外之儀相知不申事。御邪魔は有之候とも、右樣之儀有之明白に相分候へば尚更可宜との返事下物相廻也。