石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第三節 錢屋五兵衞

飜つて天下の豪富として目せられたる錢屋の資産が、當時幾何の額に上りたりやを考ふるに、藩政時代に信ぜられたる説によれば、總計約三百萬兩を下らざりしなるべく、而してその海運に使用したる船舶は千石積以上のもの十三艘、以下のもの百餘艘なりしといはる。若しこれを事實に近しとすれば、嘉永年中に於ける米一石の價は五十匁にして、五十匁は金三歩一朱餘に相當せしが故に、假に一石三十圓の相場として今の貨幣に換算せば、三百萬兩は即ち一億一千萬圓を超えたりとすべし。錢屋一族の刑せらるゝや藩吏その家に臨檢し、その資産物品を押收して競賣に附し、儲藏金を併せて官庫に納め、債權を有するものは皆證劵簿録に據りて之を回收せり。闕所といふもの即ち是なり。而して此の如き場合に在りては、家人等豫め財物を隱匿するを常とせしを以て、錢屋に於いても素より同一の處置を執りしなるべしと考へらるゝに拘らず、尚御算用場が沒收し得たる金物資の非常に多額なりしことは、これを現に前田家に存する文書によりて知ることを得べし。但し太平年表等坊間流布の諸書に錢屋の財産記載したるは、想像にあらずんば捏造にして一も典據の確實なるものあらざるなり。