石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第二節 黒羽織黨及び海防

齊泰又九月廿五日自ら鈴見村の銃炮鑄造場・上清水村の焰硝庫を巡視して、軍備の充實と士氣の振興とを計りしが、幾くもなく安政二年四日十四日加能の領海を航行する一異船を認むるに及び、益外國に對して注意を怠るべからざるを痛感したりき。この船は、同日拂曉大聖寺藩領の沖合に現れ、宮腰の海岸を經て漸く北方に影を沒し去りたるものにして、その國籍の果して何れに屬するかを知ること難かりしも、は同月二十二日之に關する事情を幕府の大目付柳生播磨守に申告する所ありき。

 支配所宮腰沖合、今朝五半時頃異船躰之物相見へ候旨及注進候付、不取敢嘉門儀出投仕見分候得共〓去、帆蔭等何等も相見へ不申に付段々聞糺候處、宮腰より一里許沖合に而懸り居候越前三國小帳屋平次郎沖船頭小三郎船より、又候壹里許沖の方を異船壹艘〓通候を見受候處、船總廻り色黒く相見候。檣三本に而帆三枚張有之、壹枚幅十五尋許も有之。表之方に風袋と歟申者に候哉色白き者相見へ、其内人壹人帆桁の端に縊付居申候。所作抦等至而早き仕形之樣に相見へ、人躰等遠見之事故爾と不相分、北之方を指し〓行候旨、右沖船頭小三郎申聞候外相替儀も無御座候付、只今嘉門引取申候。依而此段御達申上候。以上。
    卯四月十四日(安政二年)                       齋藤與兵衞(宮腰奉桁)
                                 淺香嘉門
      横山大膳(隆貴)樣
〔都鄙の嵐〕
       ○

 去十四日晝四時頃、加賀守齊泰)領分加州石川郡宮腰沖合え異國船壹艘相見え候旨、漁民共より所方役人へ及注進候に付早速遂見分候處、地方より凡三里許沖合に相當り、船長三十間許、檣三本、船廻色黒く相見へ、南の方より北の方へ直樣〓去、船印難見譯旨、右役人共より金澤表え及注進候。猶又見分之方之儀嚴重申渡候旨、急便を以申越候。右之趣海防御懸り久世大和守樣へ御屆仕候付、此段御屆申上候。以上。
                          松平加賀守
    四月廿二日(安政二年)                      姊崎石之助
      柳生播磨守樣
〔公私日記〕