石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第二節 黒羽織黨及び海防

かくて黒羽織黨は一時大打撃を受けたりといへども、朋黨の弊は直に芟除せられたるにあらず、長連弘の失脚と共に擡頭せるものは横山遠江守隆章にして、彼も亦請託を容れ偏信の失なきこと能はざりき。假令ば堀半左衞門純が算用場奉行兼壯猶舘主付の職を罷められたるは、芝山才記惇叙の常に純と議合はざりしを以て、隆章に就きてその不適任なることを言ひしが爲にして、齊泰も亦能く知る所なりき。是を以て齊泰は安政五年六月十日老臣に諭して曰く、頃者有司動もすれば輙ち黨を結び、敢へて異同を立つるの風あり。而して卿等も亦知らず識らずその好む所を推輓せんとするの形跡なきにあらず。此の如きは大に公道に悖るものと言はざるべからず。かの長連弘の如きは、精勵事務に怠らざる人にして余の甚だ惜しむ所なりしといへども、偏信の僻ありしを以て先に之を罷めしめたるは、普く卿等の知る所なり。抑卿等の地位は、皆一の盛衰・政治の得失の係る所なり。豈偏頗の見を固執し、和平の道を失ひて可ならんや。自今深く之を警むべしと。藩政の沈痾容易に癒えざりしこと之に因りて知るべし。