石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第一節 奧村榮實の献替

天保十三年四月廿二日、齊泰文教を下して士人を戒めて曰く、祖宗以來士氣振興の令屢布かれたりといへども、人皆苟合に狃れ、一時は之を奉ずるが如くにして未だ曾て久しく行はれしことあらず。先侯深く之を慨し、特に教諭局を開きて畫策する所あらんとせしが、不幸にして幾くもなく世を辭せり。當時余幼弱にして統を承け、自ら積弊を改むるの任に堪へざるを知りしが、その後未だ嘗て罪を公私に獲るの憂なくして今日に至れるもの、一に祖宗の遺徳に由らずんばあらず。是を以て益心を國政に致して守成の實を擧げんことを期せり。余は固より卿等が勳舊の家を繼ぎ、歴世の君恩に浴したるものなるを以て忠孝の道に明らかなるを知る。然れども歳月の久しき太平に狃れて、知らず識らず先侯の約束を忘れ士風漸く敗壞し、余をして遂に事を誤まらしむることなきかを恐る。余之を慮り、頃者老臣をして普く余の意を衆に傳へしめき。是の如きは卿等の夙に熟知する所なるべしといへども、之を知るは易くして行ふは難し。卿等宜しく勤儉自ら制し忠孝自ら勵まし、老成年は産を治め家を整へ、少壯者は學を習ひ技を練るべし。卿等余が命を恪守し、敢へて惰心を生ずること勿れと。この令亦榮實の献替に出づるものゝ如し。然れども榮實は翌十四年八月を以て卒したるが故に、その畫策する所未だ何等の實績を擧ぐるに至らざりき。