石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第一節 奧村榮實の献替

先に天保七年老臣等の献言したる學制修補し文教を盛にして風俗の釐革を期せんとする議は、十年に至りて實施せられ、の文學校なる明倫堂に督學一員・教授三員・助教五員・訓導七員・訓蒙六員・句講師十九員を置き、武學校なる經武舘にも亦督學一員を設け、職俸を増し課程・儀式等を整理せり。是に至りて諸士の子弟十五歳に達するときは必ず明倫堂に入學するを要し、在學九年を經るに非ざれば退學を許さゞるの強制法を採用せしかば、一向學の風勃然として起りたりき。世に天保學制修補と稱するもの即ち是にして、前年學校奉行に任ぜられたる奧村榮實の考定斷行せし所に係る。