石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第一節 奧村榮實の献替

當時財政の局促その極點に達したる場合に於いて、各が必然的に採用したる手段は債務の全部又は一部を解除することにして、その法室町時代の徳政に類似するを以て、坊間又呼ぶに徳政の稱を以てせしことあり。加賀藩に在りて此の種の救濟策を行ひたるは、治脩の時天明五年一切の借銀を永年賦として辨濟すべき令を發し、又齊泰の時文政九年には仕法調達銀の規約を解き、隨つて債務者の義務を免除せしことありしが、今亦奧村榮實の進言によりて、第三次の徳政令を發布するに至れり。即ち天保八年六月藩臣秩祿二百石以上のものゝ收納米半額を借上げ、而して之に因りて當然家政の逼迫を増加すべき士人及び士人の債務不履行に因りて損害を受くべき一般庶民を救濟せんが爲に、翌七月令して、町民の負債は凡べて無利子となし、既に利子を支拂ひたるものは元本を返濟せるものと見做し、殘餘の額は債權・債務兩者の協議によりて年賦返濟することを定め、士人も亦明年以降前記の法に隨ひて債務を辨濟すべきことゝし、農民が互助の爲に無利子を以て貸借せるもの及び肥料・農具等買入の爲に借用したるものは年賦を以て之を返濟すべく、その他町村より借用したるものは本來の契約を履行し、質物に就いては無利足とする外借用元金十分の一の返辨を以て之を請出すことを得るものとし、又今後士人收納米を倉庫業者に典するを禁ずる等の數條を規定したりき。

 天保八年正月四日より、批(ヘキ)屋米壹升代百二十八
 二月批屋壹升百七十二文、酒壹升代三百五十一文。
 四月諸國飢饉に付、稼として江戸表え諸國より罷越候處、米穀何方茂差支候に付、御調理に而國々御送。此御國えも三百人計御返し。
 五月輕き者え爲御救じやうぼ(令法)被下。
 六月御救として窮民え大豆被下。越後新潟等より御取寄。
 六月十一日御家中一統二百石以上半知借上、二百石以下段々割合有之。
 金澤等所々御坊・山伏等に而富相(富突)初む。追而御停止
 下民御救として江堀掘立被仰付、一日に婆々媽共等迄二千人充出。此御入用銀百貫目餘。七月窮民に爲御救麥被下。
 米穀甚拂底之所、當年作方景氣宜敷に付、諸方に隱置候米十萬石計所々より出。
 九月十日より、批屋米一升に付百文賣。
 十月米一升代八十六文になる。
〔文化より弘化まで日記〕
       ○

 去年御領國中稀成不作に付、御救米等過分被仰付、御算用場奉行え御勝手向別而必至与御指支、此末之御手當無之に付、此度御家中一統半知御借上之、町・在之儀從來多分難澁之上州樣之年柄、且者半知御借上に付而茂何廉指つまり、輕者別而難儀可仕候間、町方一統借財都而無利足にいたし、相對を以、是迄指遣候利足之分者元に當て遂指引、殘り元年賦に相定可申候。寺庵・社家等之者、右同事たるべく候。御家中之儀は來年に至り右之趣を以致返辨候樣申渡候。
 一、御郡方之儀、百姓共相互に致助力、無利足に而貸置候分曁屎物並稼之品爲仕入前貸之分、年賦を以相對に而可指引候。町・在等より致借用候分は、如御定無指引候。
 一、借財之儀、右之通被仰付儀に付、質物之儀は無利足十分一之元入を以、來年七月中まで請出可申候。但此以後布木綿之外は質に置候儀仕間敷候。
 一、御家中給人收納米藏縮、向後指止候樣申渡候。依而無據節は、頭・支配人奧書之證文を以借用之筈に候事。
 右之趣得其意、夫々申渡候。所々町奉行等並御郡奉行等え可申談候事。
    酉 七 月(天保八年)
〔天保八年御仕法留〕
       ○
大學のもじり飢饉に付
        簡 略                    衆 議 評 議
 或亭主の曰、簡略は功者の異見にして、兎角徳を取の本也。於今諸人徳を取、世たいを可持者は、日成(ヒナリ)の外の變に損するに因て、厘毛爭の勝手必因之。詰れば則其不遣に近し。簡略の道は米穀を粗末にせざるに有。金を大事にするに有。一錢をしめるに有。をしめる事を知て而後能仕抹あり。仕抹して而後能つかはず。不遣して而後能ためる。
 金に新金あり。に南鐐あり。損徳ある所を知れば、則たまるに近し。大名より小名に至る迄、ひとつに是皆身を詰るを以本とす。
 其本猥にして、未貧乏せざる者はあらじ。其安うする所の麥を不喰して、其高うする所の酒を呑ことは、未是よからず。
  右米壹升。蓋し問屋の相場にして、小賣是高うす。其錢拾貫は、百目の内價にして、錢屋又利を取。諸人頗借金あり。今亭主の詰る所に因て、更に儉約の分を考て、めつたに不遣こと如此。
 衆に曰、彼地米(ヂマイ)の虫を見れば、世間あきれたり。ひだるい百姓あり、終に不覺といへり。生るが如し。死するが如し。すゝるが如し。へるが如し。借たり商たり。上げたり下げたり。貧なる諸人あり終に不覺と、いきるが如し死するが如しとは、お救ひを云なり。すゝるが如しへるが如しとはをいふなり。貧なる諸人あり終に不覺とは、天地自然民のめし喰事不能をいふなり。
  虫に曰、あゝ先年不覺と。大名は其損を損として、其難を難とす。小身は其不足を借出、其利を付て返す。茲を以世を終るまで不知と。
 右天保八年酉春、作者不知。
〔帒 珍 録〕