石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第一節 奧村榮實の献替

飜つて藩の財政状態を案ずるに、先侯齊廣の時文化の祝融に由りて益甚だしく逼迫するに至りしが、文政元年十月は商賈に對し初めて仕法調達銀を課し、その窮状の異常なるを暴露せり。その令に曰く、今やの支出を要する金實に莫大の額に達すといへども、固より何等蓄積する所あらず。故に三州の豪富に命じて用金を上納せしめんど欲すれども、從來之を試みたること既に數十回に達したるを以て、皆之に應ずるを難しとせり。是を以て敢へて用金を徴することを止め、代ふるに仕法調達銀を以てせんとす。此の法たる上に益ありて下亦利する所少からず。思ふに一撃兩得の良策とすべきが故に、庶民皆奮つて助せざるべからずと。而もの所謂仕法調達銀なるものは、實は舊來行はれたる取除(トリノキ)頼母子に外ならず。且つその主催者は既に財政上の信用を失墜したるの當局なるが故に、契約期限の滿了せざるに先だちて必ず破綻に終るべきを豫想し、好感を以て之を迎ふるものなかりしかば、は吏を派して強制的に加入せしめたりき。仕法調達銀の方法は、壹貫目を一口とし、六十口を一組とし、七月・十二月の抽籤によりて、第十會まで毎回二人宛、第十一會は殘餘全部に償還することゝし、一人にて一口を加入し得ざるものは數人にて之を負擔せしめたり。故に元年成立の組は六年に全部償還せらるべく、二年成立のものは七年に滿了すべき豫定なりしが、三年財政の困難を理由として改めて償還期限を五ヶ年間延長し、遂に齊泰の時に及び、文政九年五月突如その契約を破毀して將來掛金の償還を行はざることゝし、同時により仕法調達銀借用せる士人の債務をも解除すとの驚くべき命令を發したりき。これこの年が重ねて領民に多額の用銀上納を命じたりしが故に、若し從來の如く仕法調達銀をも出さしむるときは、二重の上納を要するの困難を生ずべきを以て、これを救濟せんとするを表面の理由とせりといへども、仕法調達銀加入者は必ずしも用銀上納者と同一ならざるのみならず、若し同一なる者ありとも仕法調達銀の償還を得るときは、上納用銀の額を輕減せらるゝに等しき結果となるべく、の主張する所は毫も正當と認むること能はざるなり。蓋しはその資銀を消費缺損すること多く、將來加入者に償還すること能はざりしを以て、遂にかくの如き徳政的暴令を發したりしなり。