石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第一節 奧村榮實の献替

是より後ち年寄等益藏人の與黨を芟除するに努め、定番頭岩田内藏助盛照が、家老山崎庄兵衞範古・馬廻頭山本中務守令・坂井小右衞門克任の才能大に用ふべきものあるを献言せし際、彼等が皆藏人の説を奉ずるものなるを以て、九年六月内藏助を屏居せしめ、庄兵衞等三人に命じて致仕を講はしめ、又之と前後して組頭笠間九兵衞定懋・杉野善三郎盟、宗門奉行太田小又助盛一、算用場奉行神田吉左衞門保益等陸續その職を免ぜられき。而して藏人は屏居中復時事に容喙するを得ざりしといへども、尚同志と文書を往復して窃に論議を試みしのみならず、所説儕輩を抽きて肯綮に當りしを以て、藩士のこれに耳を傾くるもの多く、天保元年七月藏人が逼塞を解かれたる後に至りては、家老成瀬掃部・中川八郎右衞門、公事場奉行前田式部・奧野主馬佐、算用場奉行篠原監物・原五郎左衞門・有賀甚六郎・石黒宇兵衞、盜賊改方奉行前田主馬・澤田義門等、藩政の要樞に居るもの皆歩調を一にして年寄の爲す所を喜ばざりき。この時年寄長甲斐守連愛及び前田土佐守直時既に卒し、木多播磨守政和・前田美作守孝本・長又三郎連弘等これに代りしが、皆禍根の速かに斷たざるべからざるを思ひ、奧村丹後守榮實の手腕に依頼して難局の展開を謀らんとせり。