石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第五節 社會種々相

この頃藩侯襲封・昇官又は嗣子誕生の如き嘉儀あるに際し、城下の庶民をして祝意を表せしむるを盆正月といへり。蓋し盂蘭盆と正月との歡樂を一時に盡くすの意なるべし。盆正月を行ふときは城下の工商皆業を休み、作り物を構へ獅子・祇園囃・俄等の催物を行ふこと、尚祭禮に於けるが如くにして、而も全市同時にこれに參加するを異なりとす。盆正月前田綱紀時代に初りたる如く、享保八年五月前田吉徳襲封せる際には廿二日より廿四日に至るまで之を行ひたる記録あり。然れども當時僅かに簾を屋前に吊し、業を休みて敬意を表したるに止る。下りて延享二年八月藩侯宗辰の就職を祝して、十一・十二兩日間之を行はしむることを町奉行より命じたることありといへども、踊・相撲等町々にありと記さるゝのみなれば、尚その設備極めて簡素なりしものゝ如し。然るに文化六年四月二十九日金澤城の殿閣成り藩侯之に移徙せしを以て今明兩月盆正月を行ひ、同八年二月二十六七日城郭完成を祝して又盆正月を爲し、次いで同十三年(天保元)五月四日慶寧江戸に生まれたる後六月朔日・二日を以て行はれたるものに至りて、作物・催物の規模頗る進歩したりしこと之を謠曲萬壽抄に載せたる擬謠曲に徴して知るべし。爾後弘化二年二月十六日より十八日に至る三日間には齊泰の病癒えたるを以て、安政三年三月朔日二日には齊泰の先に權中納言に任ぜられたるを以て、慶應二年七月廿六日廿七日には慶寧襲封して入部せるを以て、その他頻々として盆正月を行ひ、その目録を記したる一枚刷も亦多く發行販賣せられき。
盆正月
 ワキ次第『實治れる北の國、〱、作れる品ぞ目出度。ワキ詞『抑是は當君に仕へ奉る臣下也。扨も此度賢君(慶寧)御誕生まし〱、今明日は盆正月なれば、町々の賑ひ大方ならず、急ぎ見て參れとの御諚を蒙り、只今かなたへと急候。道行『有難き御代にあふぎの末廣く、〱、七福神の船遊び、是を始めの旅心、喜見城下を打過ぎて、蓬莱山に着きにけり、〱。一セイ二人『曳山の、芝居も暑き船烏帽子、踊も千代の、はやしかな。ツレ『御幸にたてる牛車、冠ぞ加茂の競馬なる。シテサシ『面白や頃は五月の節會過、氷室のみつぎ殊に今、目出度きためしを鳥盡し、十二ヶ月もまのあたり、一町の内に粧ひたり。下歌『いざ〱氷賣らうよ〱。上歌『萬代と祝ふや今日の作り物、〱の、中にも御寳を納むる藏の鍵なれば、升々豐の御仕組、巣籠る鶴も今ぞ羽を熨斗三寳の氣色哉、〱。ワキ詞『ふしぎや是なる夫婦を見れば、藁苞青葉をおほひ、しかも群集の中に座して、往來の人に物を賣、そも御身は如何なる者ぞ。シテ『さん候かゝる目出度御代ぞと仰ぎ參りたり。今日は水無月始の日、氷室の御調と思召せ。ツレ『殊更けふは我君の、御賀を拜する人々の、暑さをしばし忘れ水。シテ詞『又は我等が壽命のため。二人『彼是ともに時にあふ、藥とおぼし召され候へ。ワキ『實々是は理りなり。扨々向ひに群集するは、いか成事にてあるやらん。シテ詞『あれこそ神功皇后の新羅を治めし軍配の、其歸朝にてましますらめ。ワキ『扨其の先に見えたるは。シテ詞『是こそ御先三品也。ワキ『能々聞けば有難や。今こそ君の御威光。シテ『顯れけるか黒き男の。ワキ『寳珠を引いて。同『清正の太刀風に虎もなびくや錦帶の、〱、橋辨慶を見渡せば、實も治る時津風枝をならさぬ鉢の木の、亂るゝ獅子も石橋に、千代を重ぬる姿かな、〱。ワキ詞『猶々御祝の謂委申候へ。クリ地『夫盆正月といつぱ、文政の御世に當りて寅の年(十三年)、水無月朔日・二日なり。シテサシ『町家には皆其營を忘れ、日々夜々の參會もひとへに君の御徳なり。シテ『酒飯を商ふ家もあり。是攝待の始とかや。クセ『然るに此度の御祝異國にも、その沙汰ありや樂天も船を浮べて來りたり。其外桐に棲む鳳凰、又は地をかける麒麟まで來りて御賀をなすとかや。シテ『ましてや此國は。同『和歌三神の國なれば、水にすむ白眼鯛、出世の鯉や大海老も、二見が浦に歌をよむ、ためしは多く菊慈童の、不老不思議の我が大國ぞ目拙度き。ロンギ地『實面白き物がたり、扨や幟の其内に、わきて目出度き有樣はいかなることにあるやらん。シテ『中々なれや其數の、あるが中にも金時の畫こそ最上吉日、萬歳樂の大文字。同『是等を始めかず〱の、幟はよめども盡きぬ代の、唐織錦猩々緋、羅紗縮緬に至るなり。暫く待たせ給ふべし夜もすがら、提燈行燈を見せ申さんと養老は、王母を伴ひかくれけり引船の陰にかくれけり。ワキ『いざさらば此藤棚に假寢して、〱、竹に虎臥す初夢に、祇園囃子ぞ有難き〱。後シテ『抑是は、不二の麓にすんで山を守る、氷室の神の、分身なり。同『あるひは深山の落葉をはこび、シテ『又は諸人に氷を與へ、同『汗ををさめ、足を早めて廻れや〱、かずも數萬の作り物遙に見ゆるは膳所の城、先づよせ來るは福助か、寳船松竹梅や尉と姥そ、乘せてよせくる浦島に、打上げしもろ〱の貝細工、法螺の貝まで皆祝言の聲をあげ、こなたは名におふ四孝が孝心、竹に虎伏す野も住吉の、是までなりと牛天神は、鳥居に入らせ給ひければ、翁も三番叟も皆よろづ代と、諷ひかなでゝ歸りければ、夜はほの〲と明方の室の、夜はほの〲と日の出の鶴の、よはひをあふぐ扇かな。
〔謠曲萬壽抄〕

盆正月催物番附 滋賀縣中神利人氏藏