石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第五節 社會種々相

近代に及び金澤市民中にも餘技として萬歳を學ぶものを生じ、殊に文化・文政の頃金屋町に大石藤五郎といふ者ありて、頗る獨創的才幹を有せしかば、新體の舞容を考案して地萬歳(ヂマンザイ)の肇祖となれり。地萬歳は地方的萬歳の意にして、多く方言を交へたる一派とし、後には大石・小石・若石・乙松・小倉野寺の諸系統に別る。その曲目は凡べて六十番に達し、越前萬歳に在りてはお染久松・平井權八の如き世話物を演ずるも、地萬歳は嘉瑞を表するを旨とし、七福神・道具盡等に重きを置けり。