石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第五節 社會種々相

かく劇場と妓樓と相繼いで起るに至りしことは、風紀の維持を念とするものゝ頗る憂心忡々たりし所なるべく、果然馬廻頭笠間源太左衞門以信・堀孫左衞門善勝・大地縫殿左衞門文寳等は文政四年五月十二日連署してその意見を述ぶる所あり。曰く、從來藩侯の令を發するや、毎に風を移し俗を易へ古への醇朴に復するを以て急務なりとせり。然るに頃者却りて風を亂し俗を敗るの劇場を設けしめ妓樓を開かしむ。これその期する所行ふ所と矛盾するの甚だしきものにあらずや。余輩思ふに、この二者を禁ぜずんば士氣決して旺盛なるを得ず、民俗また敦厚なる能はざるべしと。齋廣乃ち曩にその許可を稟請せる町奉行山崎範侃を召し、以信等三人と相論難せしめ、自ら臨みて之を聽けり。既にして齋廣、以信等に貧民を救ひ且つ嚝夫をして情を遂げしむるの術如何を諮詢す。以信等良策を得る能はず、乃ち侯に應へて曰く、先づ私窩娼舘を禁じて風俗を革正し、民心を振興して凜然たるに至らしめば、人誰か怨曠の懷を抱くものあらんや。但し藩侯幸にして余輩の言を容れ急に之を禁止せんと欲するも、町奉行の施設にして既に今日の状を爲せるに當りては頗る困難を感ぜざる能はざるべし。是を以て現に業を開くものに對しては、須くその隆盛ならざらしむるを謀り、僅かに鄙賤の徒をしてこゝに遊ぶを得しむべし。若し夫れ貧民救助の法に至りては、先世綱紀侯の創めたる非人小屋に收容するを以て足れりとすと。これに由りて以信等の議行はれずして止めり。而もその後俳優・茶屋女の良風美俗を害ふこと甚だしきものありしを以て、は文政六年法令を發して嚴に戒飭し、同十二年にも亦吏に詳密の規程を制して、奢侈を禁じ遊興の費を省かしめんと謀りたりき。

 近年急度芝居並茶屋町之儀被申付置之處、次第に構(カマヘ)を飾り衣裳を飾り、兩所共人々耳目を悦し候形に致増長候躰に候。剩芝居役者並茶屋女、右郭外えも致往來候躰に相聞候。右之通に而者惣の風俗にも拘り、御家中下々の女、自ら髮形・衣服等其姿に似寄り申所え至り候儀、畢竟右芝居役者並茶屋女郭外を致徘徊候故に候。以來右兩所之者共曲輪外え罷出候儀、堅禁足可申付候。此上萬一曲論外に而見諸候におゐては召捕可申、假令他之者と而も芝居役者に似寄候髮形・衣服の者共は急度召捕可申候。其上にも手拔等候におゐては、御次よりも夫々改めに可指出旨被仰出候條、可其意候事。
    未 三 月(文政六年)
〔御 觸 留〕
       ○
茶屋町並石坂新地圍内縮(シマリ)方之覺
 一、茶屋共最初より仕法相立候後、連々花麗に押移候儀有之、不心得之至に候。依而以來諸事質素に相心得可申事。
 一、御家中之子弟等紛込候共宿致間敷候段、毎度嚴重申渡置候處、今以心得違之者も有之。中には忍び躰と乍存、引込み候族之者も有之哉に相聞え候。以來家中之子弟等宿いたし、追而相顯候におゐては圍内追拂、急度可申付候事。
 一、出家・沙門・醫者之風俗にて紛込候儀も無之哉、得与吟味いたし可申候。自然不吟味之族有之におゐては、前段同樣可申渡候事。
 一、客身元に不拘、都而現に雜用等取請可申候。尤現と相定候上は、客方へ罷越居催促抔いたし候族有之間敷候事。
 一、怪敷容与見受候者、早速内々役人に相屆可申事。
 一、町方親懸り等之者又は手代等身元相計可申候。毎度罷越身分不相應之族有之候者、其父兄又は主人等に屆可申候。右樣之所を等閑にいたし、客身分故障等出來候而は、畢竟茶屋共不繁昌之基に候條、此所厚く存込可申事。
 一、抱女圍外禁足候儀、毎度申渡候通急度相心得可申事。
 一、抱女衣裳之儀は、先是迄之通たるべく候。しかし中には奢侈なる染模樣等も有之体、以後成限り麁品相用、花美成儀一切致間敷候事。
 一、圍内博奕に似寄候儀一切不相成旨、毎度申渡候通り急度相心得可申事。
 一、抱女召抱候節、取縮入念可致候。勿論非道之仕方在間敷候儀、最初申渡候通猶更急度相心得可申事。
 一、圍内諸品高直、第一抱女其外雜用等も多く相懸り候躰に聞え候。依而詮議之趣相極、左之通申渡候條急度可相守候。勿論右に准じ、諸品取扱候品高利等不申請實体に商可致候。
 是迄拾匁之抱女八匁に引下げ、酒肴等雜用三匁、十一匁に而一座と相定候事。
 是迄七匁五分之抱女六匁五分に引下げ、酒肴等雜用貳匁五分、九匁にて一座と相定候事。
 是迄五匁之抱女四匁三分に引下げ、酒肴等雜用壹匁七分、六匁にて一座と相定候事。
 右之通晝夜三座と定候得共、客座重候儀は格別にいたし、諸事質素に相成候樣可申付候事。
 一、兩圍之内惣歩數〆五千五百歩餘之内、九百五拾歩計先達而より追々爲切出候得共、猶又追々遂詮議、成限り小手前にいたし、不用のヶ所追々切出し可申候事。
 一、茶屋家建目立候分は追々割家に申付、隨分以來華美ならず樣可申付候事。
 一、兩所共木戸ヶ所に町家之店壹軒借置、密々廻り方役人ども爲見廻、紛敷者入込不申哉しらべさせ可申候。尤圍内帽子等にて面体を隱し不申樣、番人より可申談候事。
 一、木戸番是迄夜分は三人相詰候得共、以來は二人宛与いたし可申。別に仁藏手合之者壹人圍内に措置、紛敷風体者先彼者より可相尋候事。
 右之通申付候條、以來無違失相心得候樣嚴重可申付候事。
    文政十二丑十一月
〔兩茶屋町一件〕