石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第五節 社會種々相

かくて犀川川上芝居座が盛況を持續すること十數年に及び、坂東重太郎・中村鶴助・片岡あやめ・片岡市藏・中村重藏・尾上多見藏・市川瀧十郎・市川白藏・中山文七・松島清藏・市川虎藏・尾上菊五郎等の名優前後に來りしが、天保八年五月市川八百藏の來りし時は、北國未曾有の飢饉の後を受けて疫疾流行し、彼が妻もまた歿せしかば、八百藏は作善の爲に、茶屋淡雪に於いて飢民二千人に錢五十文宛を施したることあり。翌九年八百藏尚滯留して興行を繼續せしが、七月十八日は突然之を禁止し、その小屋を賣却せんとせしも、拂下を希望するものなかりしを以て、當時再建中なりし東木願寺末寺の掛所として寄進せしに、一向宗の信徒たる市民は大に喜び、八月二十五日以降獅子・祇園囃を隨はしめて取毀ちたる木材を運搬せり。演劇禁止の理由は、比年凶歉相繼ぎたるを以て奢侈の風俗を戒めんとしたるによる。

犀川川上芝居番附(天保三年) 金澤市正木みつ氏藏