石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第五節 社會種々相

文政四年六月は、川上芝居の北方に接して別に一劇場を建築するを許せり。因りて藤川一松を座本とし、八月十八日中村歌之助一座にて有職鎌倉山を上演す。こゝに於いて、前者を南芝居と稱して上方役者の演技場とし、後者を北芝居といひて地役者の興行場と定む。然るに文政十一年に至り、兩芝居の存在は多きに過ぎ、興行の成績亦可ならざるものありしを以て、北芝居を廢し、南芝居を犀川川上芝居座と復稱せり。當時木戸内には十八軒茶屋ありて觀客の利便を謀り、木戸外にも若干の茶屋あり。上方俳優の乘込みたるものも亦木戸内に止宿所ありてこゝに滯在し、新藝題の開演せらるゝ時は二日前より太鼓を城下に巡行せしめて披露せり。『觸れてくるやととんとろつくやととんと囃す太鼓の打込ぞよき』などゝ詠じて、太平を謳歌せられしもの即ち是なり。

犀川川上芝居座圖 金澤市池亮吉氏藏