石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第五節 社會種々相

降りて文政元年金澤町奉行山崎頼母範侃は、經濟界の不振を救濟し、下見をして業務を得しむる目的を以て、常設の演劇場を設けんことを藩侯齊廣建議せしかば、十二月六日その許可を得たりき。是に於いて同月十一日より、犀川の下流なる延命院附近に興行を開始せしが、その初狂言は義經千本櫻にして、中村歌之助・尾上新平・坂東七藏・尾上工右衞門之を演じ、翌年四月お名殘狂言として双蝶々曲輪日記を演ずるに至るまで繼續せり。この芝居と同時に、別に三社の芝居と稱せらるゝものありしも、今その事歴を知る能はず。

 末々輕者共稼も薄く難澁の躰に付、芝居狂言・物眞似之類當分町奉行切に承屆可然旨及指圖候。是迄通右樣場所え、御家中人々・小身之人々・家内たり共罷越申間敷候。尤帶刀之者は、又家中・家來末々迄堅罷越申間敷、自然心得違之者は召捕候樣改方等え申渡侯事。
 右之趣被其意、組・支配之人々え可申渡候。組等之内裁許有之面々者、其支配えも申渡候樣可申聞、尤同役中傳達可之候事。
 右之趣可其意候。以上。
   文政元年                        前田伊勢守
〔帒珍録〕