石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第五節 社會種々相

世情かくの如くなりしを以て世人の能樂謠曲とに對する穿鑿、更に微に入り細を極めたること論を待たず。遂には浩翁の如き、頗る特殊なる方面の研究者をすら出せり。浩翁は浩齋とも浩然道者ともいひ、又無間子とも號す。蓋し村井長道の假號なり。長道が謠言粗志訂補を選せしめしことは前に言へる如くなるが、彼はまた所謂能樂愛好者が謠曲八拍子・能辨惑の如き古書を拱璧に比して尊重するを慊らずとし、演技者の扮裝に要する假面及び裝束の研究を試み、その著す所天保元年三月に能面法則あり、同年又假面集録あり、二年九月に面名集あり、同年十一月に謠曲私言あり、三年九月に能面鑑定大概ありき。これ等の中謠曲私言の一部分を除くの外、悉く假面に關する言説ならざるはなし。蓋し能面鑑定大概の序に、『予此道を好み、殊に假面を見ることを好むこと狐の油鼠・王濟の馬の如し。』といへるもの、實に浩翁が僞らざる告白にして、その知識は半ば之れを出目二郎左衞門滿志より得たるなりといふ。浩翁又別に裝束抄數卷の著あり、裝釘描圖の美殆ど人目を眩せしむ。

 予去年能面法則二卷及び假面集録を撰す。今茲又出目二郎左衞門がえらべる面集を訂補して、此道の有志にたよりす。但能の意味に於ては古來より講ずる者なし。謠曲八拍子・能辨惑等の諸書ありといへども、恐らくは取て以て用るに足らざるが如し。且つ童蒙の訓とするに迂遠也。故に月に日に意に適ひ心に浮びたるを筆記して、ことしまた一葉を成しぬ。名付て謠曲私言といふ。是を初編とす。
    辛卯十一月(天保二年)朔日                      長街  浩翁しるす
〔謠曲私書跋〕