石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第五節 社會種々相

齊泰は徳川時代の末に國持大名の筆頭となり、十一代將軍の女壻として榮華を一身に集め得たる人なり。されば一面には父祖の遺風に倣ひ、一面には江戸文化爛熟の氣に狎れて、居常最も能樂を愛し、且つ自らその技に長ぜしかば、上下の好尚悉く之に集中し、寳生流なるものが加賀藩の爲に存在するものゝ如き感あらしむるに至りたりき。かの謠曲雷電が、前田氏の祖先として尊崇する菅公の憤怒せる状を描寫したるものなるが故に、之を廢曲として新たに來殿を作りたるも亦この時に屬す。齊泰また脚氣を疾むこと天保十三年より弘化二年に及ぶ。しかも脚筋の痙攣を覺ゆるものなかりしを以て、平素演能に親しむが爲なりとし、申樂免癈諭一卷を著せり。