石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第五節 社會種々相

かくの如きは實に大槻朝元出頭して勢威を振はんとしたる直前の形勢なりき。而して藩侯吉徳朝元登庸するに至りたるもの、亦彼の才智に憑りて弊政を釐革し財用を緊縮するに在りしといへども、その結果は豫期の如くなる能はず。朝元が君恩に狃れたる驕侈の態度は、徒らに人心を動搖せしむるに止りたりき。是を以て宗辰襲封の初に於いて朝元の失脚を見るに至りたるが、これに代りて藩政を更張し風教を刷新するに足るべき偉材を出しゝことなく、次いで重凞・重靖二侯の治世はその期間甚だ短少なりしが爲に、政務を顧みるの餘裕を得る能はず。重教に至りて在職十九年に及びしが、尚何等施設の見るべきものあらざりき。この時江戸は恰も大岡忠善・田沼意次の執柄期に屬し、淫蕩腐敗の風都鄙に普かりしかば、加賀藩の上下も亦この大勢より脱すること能はざりしは勿論なり。