石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第四節 教諭政治

齊敬は第十世重教の長子にして、安永七年九月十三日金澤に生まる。母は郡上侯青山氏の臣金井與兵衞の女青操院。齊敬童名を教千代といひ、同年十二月十八日治脩に養はれて嗣子となる。寛政二年九月初めて出府し、十一月朔日名を勝丸と改め、同日犬千代と稱し、翌二日又左衞門利博と改む。次いで三年二月十一日柳營に於いて首服を加へ、正四位下左近衞權少將佐渡守に任ぜられ、將軍家齊の偏諱を賜ひて齊敬と改めしが、七年六月二十七日享年十八歳にして江戸に卒し、晦日發喪せり。諡して觀樹院法山道輪といひ、天徳院に歸葬す。齊敬未だ統を承けざりしといへども、既に叙爵せられしを以て、藩侯に准じ世外に算す。