石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第四節 教諭政治

同年三月齊廣麻疹を患ひ、四月一たび快癒したりしが、六月に至りて豫後宜しからず、七月十日遂に易簀し、十二日發喪せり。是に於いて教諭局も亦廢す

 三月廿八日(文政七年)。中將齊廣)樣御麻疹に付、八半時頃竹澤御殿え罷出伺御機嫌候處、一昨日は餘程御熱氣も被在候處、昨朝より御點見被遊、御順症に被在候段、大地縫殿左衞門申聞候事。
 四月六日。中將樣今日御酒湯被引候に付、各熨斗目上下に相改、以武田喜左衞門御祝詞申上候處、以阪井要人御意(齊泰)有之。退出より直に竹澤御殿へ罷出、御肴一種、御酒湯被曳候御祝詞として以神戸藏人献上。
 四月十六日。明後十八日中將樣御麻疹快御床揚被遊候段、土州より(前田直時)演述。
 六月六日。中將樣御麻疹餘毒被在、御發し物被在候處、御麻疹御治定之旨篁齋等申上候に付、公邊向無御屆、御内輪に而御麻疹之御取扱に御座候旨、表方え被仰出候事。
 六月十二日。中將樣御儀、御麻疹中に而未御熱氣も被在候に付、今日各退出より竹澤御殿に罷出、御機嫌御伺。
 七月十日。中將樣御差引被在候に付、只今の詰合切。甲州・豐後・求馬・内膳・藏人・内記・庄兵衞(長連愛・村井長世・横山隆章・奧村惇叙・横山・今枝・山崎)儀以阪田主馬御前(齊泰)御機嫌伺候處、今早朝より竹澤御殿へ被入候旨申聞候事。
 七月十二日。今日御逝去之段御披露有之。人持組分一統申聞有之。御家老八時退出、年寄中七半時過退出。
〔諸事留牒〕