石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第四節 教諭政治

齋廣施政はかくの如く、勤儉節約の奬勵とし、文學武技の鼓吹とし、祖宗の遺法を恪守すべしとする類にして、徒らに告諭を頻發するに止り、實績を擧ぐるに於いて極めて迂遠なるの嫌なきにあらざりしが、晩年農政の振興を策するに至りて、方針の具體化せるものあるを見る。即ち文政二年三月六日齊廣は、頃者頻年豐熟せるに拘らず、農民の流亡するもの多きを聞き、苟も改作奉行にしてその職責を盡くし心を農制の整備に致さば、下民の困窮決して此の如くならざるべきを以て、急に救濟の法を議して以聞すべしと命じ、同日また老臣に諭して曰く、余不肖にして先世の遺業を承け、偏に祖宗の聲譽を汚さんことを恐る。是を以て日夜勵精し、微功を樹てゝ國家に裨益する所あらんと欲し、策を胸中に蓄ふること既に數年なりしが、今や斷然意を決して之を實施せんとするに至れり。熟惟るに、三世利常不世出の才を以て多年の研究を積み、始めて改作の法を立てしより今に至るまで百六十餘年にして、歳月を經るの久しき知らず識らずその遺訓に背くもの尠からず。是を以て余自ら不敏を顧みず、奮つてその缺を補ふ所あらんと欲す。固よりこれを利常の大業に比すれば十の一に過ぎずといへども、亦極めて愼重の態度を以て事に當らざるべからず。何となれば多年の習自ら性となり、今や弊害の弊害たる所以を知るものなきを以て、一朝これを芟除せんとするときは愚民或は驚駭騷亂するの憂なきを保すべからざればなり。余豫め之を察して、既に幕府にその施行の方法を申疏せしを以て、卿等は毫も他を顧慮する所なく一意余を輔けて速かに成功を期せよ。然らば則ち窮民皆その所を得て國家の安寧保つを得べきなりと。次いで三月二十五日に至り、農民衣食住一般に渉りたる細則を規定發布して、彼等の大に生活を簡易ならしむべきことを諭せり。蓋し齊廣のこの命を發するに至りたるは、是より先新進の御近習番に關九郎兵衞貫秀といふ者ありて、現時若し封内を實査せば優に隱田數萬石を發見し得べきが故に、は之を沒收して無産の小農に分配すべく、かくして貧窮皆業を得て國亦富ますべきなりとの議を上りしに因るといふ。

 今般百姓成立之爲、格別之御趣意を以萬端被仰付候儀に候得者、先以風俗相直り不申而は成立にも不宜と思召候。其風俗を相改申儀は、十村共之心得相改り不申而は末々不相改儀、是迄之十村共之中には、自身田畝へ踏込鍬抔持申覺之者も無之、上﨟之樣に相成、衣食住奢侈に相暮、遊藝抔而已心掛、百姓之成立も不改付體に被聞召、沙汰之限りに被思召候。向後右之役人に罷成候者共急度可相心得、若不埒之儀有之候得者嚴敷越度に被仰付候。
 一、木綿布子・木綿袴・小倉帶・木綿羽織著用可致候。十村之儀は紬は可指許。紬或は唐晒さ(更紗)染木綿、或はちゞみ・晒布之類不着用。且布上下之外無用に候。
 一、紫紅色二品模樣付候着類・振袖無用候。
 一、島・木綿等不用。妻子手織可相用候。
 一、足袋不用候。
 一、櫛・笄、朝鮮くじら・眞鍮之外無用に候。
 一、青傘・蛇目傘不用。
 一、三味曳・尺八・碁・象戲・茶湯抔、農業之妨に可相成品不致候。
 一、家作、前々被仰出候通急度可相守候。分限不相應之家作等有之體、右樣之奢侈於之者嚴敷御咎可被仰付候。
 一、長脇指不帶候。
 一、對武家無禮間敷候。
 一、米不常食。だんご・こはい・大とう・いり粉・めくす等喰可申候。
 一、ずいき・大根菜、心掛屋腰に掛、干置可申候。
 一、厚味之肴不食用。何分仕事之者はすぢゆるみ不宜候。
 一、なら漬香物不致候。
 一、草花うゑ不申、尺地にも食用之品或は柹・栗之類うゑ可申候。
 右之條々向後無違失相守り、有來の分も早く可相改。無左而者舊染之俗不相改儀に候間、急度此段可申渡旨被仰出候條、早速夫々可申渡候事。
    文 政 二 年
〔御 觸 留〕