石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第四節 教諭政治

前田治脩に次ぎて第十二世の藩侯となりたるものを齊廣とし、その施政享和より文化・文政の間に亙り、幕府にては家齊時代の中期を占む。されば江戸の文化が燗熟の極に在りしが如く、藩治も亦太平洋々の間に、士氣の廢頽と風教の弛緩とを免るゝこと能はざりしは勿論にして、齊廣施政の方針はこの世潮に反抗して風を移し俗を易へんとするに在りき。齊廣はこの目的を貫徹せんが爲に屢長文の訓示を發したりしが、時人これを稱して教諭といへり。後に齊廣退老して子齊泰の政を攝せし時、その樞機に參畫する者の居りし所を教諭局と名づけたるも亦これに基づく。これ今齊廣時代の施治を説くに當り、假に教諭政治と題する所以なり。